今、ファンに伝えたいこと

今朝の『めざましテレビ』で、吾郎が軽部さんのインタビューにこたえる形でVTR出演してくれました。
明日の『ほんとうにあった怖い話』の番宣を兼ねて、吾郎が今ファンに伝えたいことを真摯に語ってくれた。
フジテレビには感謝したいと思います。

稲垣吾郎 特別インタビュー

軽部さんと対面で二人だけで、広いスタジオでするインタビュー。
少し緊張感が漂う中でスタート。
久しぶりの「めざまし」出演という流れで、「生(放送)なのに、かんじゃった以来かなぁと」と軽いジャブでスタジオに笑いが。
いっきに空気を和やかなものに変える吾郎の手腕は、相変わらずすごいです。

1999年に始まった『ほん怖』。初回はオムニバスとして再現VTRだけが流れる形で、そこに吾郎は演じる側として出演しました。
白昼のベル」・・・ものすごく怖かった。ラストシーンは夢に見そうなほど(苦笑)

初回放送から17年。いまや、『ほん怖』は夏の風物詩と言っていいほどの番組です。
2004年にレギュラー番組として放送開始。子どもたちの「ほん怖クラブ」の館長としてナビゲーターをする吾郎。レギュラー番組のときは、VTRを見て心霊研究家の先生をお呼びしてお話を聞いたり、心霊写真の鑑定などとてもよくできている番組でした。
アジアン・テレビジョン・アワード2004」(アジアのエミー賞と呼ばれるほどのアジア最大の国際テレビコンクール)のドキュメンタリー・ドラマ部門で、この番組が最優秀賞を受賞しました。

インタビューで、軽部さんから「忘れらないエピソードは?」と聞かれて、収録中に不思議な現象が起こった話を始めると・・・その話を止めて、スタジオのライトを暗くするようスタッフに伝える軽部さん。
軽部 「これで、話しやすくなったと思うんですよ」
吾郎 「・・・いや、逆に話の腰を折られた感じ」
ぽか~んとした顔の吾郎さん、しっかりナイスなコメント(笑)

吾郎の現状についてもお話を聞いてみる軽部さん。
ここから、しっかり吾郎がファンに伝えたいことを語ってくれます。まっすぐな瞳で、軽部さんに話しながらその先にいる私たちファンに向けて本音を語り出す吾郎。とても感動した。

昨年末とこの秋にくる節目について

吾郎 「見ている方とか、世の中的にはすごい変化だと思うので、「何も変わらないよ」って澄ました顔をして言ってはいけないことだとは思うんですけれども。ただ、もちろん今ある現実は現実なので、それを受け止めながらもちろん前向きに。仕事欲は、でも尽きることはないので。やっぱり、役者の仕事は大好きなので、まぁ、ずっとやってきていることですし。役者の仕事って、その人の本当にドキュメンタリーみたいな感じじゃないですか。ちゃんと、内面がしかも出る仕事なんで。その人の魅力というか、人となりというか。やっぱり、いい人間になっていかないと、いい仕事もできないですし(笑) 自分をずっと磨きながら、いい俳優になっていくことができればいいなと思っていますけどね。漠然とした言い方ですけど」

まずは、やっぱり吾郎は俳優としてやっていきたいんだなと。そして、自分磨きをしてゆっくりでいいからいい役者になっていきたいという意気込みが感じられる。それは、個人的に吾郎に向かっていってほしい道なので、吾郎の口から聞けて嬉しかった。

稲垣吾郎さんのファンは心配するのでは?

吾郎 「もちろん、それは一番感じていることなので。でも、心配をかけるというのは非常に申し訳ないことなので、やっぱり心苦しいですけど。でも、これはもう・・・自分で決めたことですし。その現実というものは、受け止めてもらわないといけないなと思いますし。でも、その心配にこたえられるように・・・皆さんの中でなにか欠けてしまっているものとか、ロスしているというか、それをまた満たしていかなきゃいけないなとは、もちろん思いますし。こうやって本音を語らせてもらうことによって、そういうのが伝わってもらえればいいかなとは思いますけれども」

ファンへの感謝と想いが、このメッセージにたくさん詰まっていた。吾郎らしいなぁと思い、改めて稲垣吾郎という人に惚れてしまう。言葉を瞬時に選んで話しているので、ときたまとぎれることもあったけど、それはどう言えば伝わるか考えているのであって、虚偽の言葉を探しているわけではないと思う。

吾郎 「このタイミングで、本当に軽部さんにインタビューして頂けることがすごくありがたいなと思いましたし、僕も言いたいことが言えたというか嬉しいですね」

吾郎は、昔から「聞かれればちゃんと話す」と断言しています。そして、絶対に嘘は言わない。大事なことで自分の思っていることが言えないときは、何も言わない。におわせもしない。そういう人です。「現実は現実として受け止めてほしい」という言葉は、冷たく聞こえる人もいるかもしれない。でも、吾郎はしっかり自分の気持ちを伝えたかったんだと思う。そして、それはファンが吾郎から信頼されていると感じる。今後の自分を見ていってほしいという気持ちが強く吾郎の綺麗な瞳に宿っていた。

SMAP再結成を望んでいるファンは多いと思います。その想いはその人のものだからそれは持ち続けてもいいと思う。でも、もう事務所が彼らを解散しますと言わせ、独立を強制したという考えではなく自分たちの意思を受け止めてほしいんじゃないかと吾郎の言葉で感じた。それは、他のメンバーも全員そうだと思う。個人的には、もう解散発表の吾郎の言葉で、すべて受け止めて前に一緒に進んでます。

もう、誰も悪く言いたくないし、ただただ今後の吾郎を応援していきたい。その応援は、いままで以上に!と固く決意した2017年の夏sun

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祝!秋以降も放送続行決定!

ゴロウ・デラックス (2017年7月27日放送分)

追悼 日野原重明さん

オープニングでまず深々と頭を下げる吾郎と外山さん。2017年7月18日に105歳でお亡くなりになった聖路加国際病院の名誉院長である日野原さんの特別追悼番組の放送となりました。2015年にこの番組に出演してくださったVTRと未公開映像を含め、日野原さんを偲ぶ内容でした。

2015年10月22日にご出演されたときのレポはこちらになります。  

生涯、新しいことにチャレンジし続けた日野原先生。日本の医療界に革命を起こし、『よど号ハイジャック事件』と『地下鉄サリン事件』に関わった日野原先生は、「命を与えられたから、これからは自分は誰かのために尽くそう」と思えたのが収穫だったと言われていました。

第二百五十九回課題図書 『生き方上手』 日野原重明著

Photo他人のために役に立てたということは、つまり自分という存在が生かされたということであり、生きている実感をこれほど強く感じられる瞬間はありません

冒頭から最後まで、特にとってつけた映像はありませんでした。以前、ご出演してくださった放送内容で充分に日野原先生の良いところと、日野原先生が言わんとしていることが伝わってきた。それだけ、毎回、丁寧に作られている番組なんですよね。改めて見直してみて、吾郎も外山さんもご高齢の方に対しての対応が尊敬の意を持って接しているのがとてもよくわかりました。


ゴロウ・デラックス (2017年8月3日放送分)

ゲスト:東山彰良

2015年、『』で直木賞を受賞されたときに、この番組ご出演された東山さん。今回で、二度目のご出演となります。

オープニングトーク
吾郎 「あのときは、この方のお話はあまり聞けなかったという・・・三人でいらしたんですよね。又吉さんと羽田さんと。二人とも、ちょっとアクが濃かったんで」
確かに(笑)

東山さんは、羽田さんとは昨年に『罪の終わり』で中央公論文芸賞の授賞式でお会いしたそう。東山さんの息子さんお二人は、羽田さんの作品は面白いと言うそうですが、父親である東山さんの作品は読んでくれないのだとか(笑) 

直木賞を受賞した『』の発想は、自身のルーツから。両親は中国大陸出身だが、戦争で負けて台湾に移った世代。東山さんご自身は台湾生まれ。お父様が『流』の主人公のモデル。この作品を書くにあたり、出身地である中国の山東省に出向き、祖父のご兄弟からお話を聞いて作品に反映されたのだとか。ペンネームの東山は、出身地である「山東省」を逆にしたというエピソード。そういう話も、前回聞けなかったですもんね(笑) 

東山さんは台湾に生まれ、5歳のときにご両親が留学中だった広島へ渡り、その後一旦台湾に戻るも、9歳のときに一家で福岡へ移住。日本語は5歳のときに保育園で自然に覚えたそうですが、子どもの吸収力ってすごいですよね。

第二百六十回課題図書 『僕が殺した人と僕を殺した人』 東山彰良著

Photo_2 1984年の台湾で、友情を育む13歳の少年たち。しかし、30年後、彼らの一人が全米を震撼させた連続殺人鬼として逮捕される。いったい、誰がなぜ殺人鬼になってしまったのか。その謎をめぐる青春ミステリー。

もう、この概要だけで読みたくなりましたが(笑)、さらに詳しくお話を聞いていきます。吾郎と外山さんが、読んでいて景色や風景、さらには匂いや湿度も感じられるとコメントしていて、それが東山さんの作品の特徴なのかなぁと。

昨今、台湾は旅行先として日本でとても人気があります。(吾郎のグラビア記事が掲載された最近の『家庭画報』も台湾特集でしたね) 物語の中には、観光だけではけっして知ることができないリアルな台湾の文化や情景も描かれている。東山さんが取材で撮影されたプライベート写真を見ながら、そんな台湾のことをいろいろと教えてもらうことに。

08032mpg_20170808_012450408 物語の舞台は、東山さんご自身の故郷でもある台北の廣州街。登場人物の家が牛肉麺(ニュウロウメン)屋ということで牛肉麺の話から。八角などが入った五香という粉と醤油で作られた麺料理だそうですが、吾郎が食いついた(笑)
外山 「吾郎さん、そういうの好きそう(笑)」
吾郎 「だって、薬膳、体にいいじゃん!汗かきたいんだよ。デトックスしたいの」

えぇ、えぇ、思い切りデトックスして新しく生まれ変わった稲垣吾郎を早くファンに見せてください(笑)

廣州街は外省人(戦後、中国大陸から渡ってきた中国語を話す人々)が多く住む外省人エリア。対象に戦前から台湾に住んでいる人々が暮らす街は台湾人エリアとしっかり分かれていたようです。

08032mpg_20170808_013416820 物語の中では、少年たちが仲直りの証として食べた猪脚麵線(ディカミスア)。悪いことがあったら、これを食べて厄を落とすと言われている食べ物。麺線に豚足がのっている麺料理ですが、中国語での猪は「豚」なんだそう。
吾郎 「これも、コラーゲンたっぷりでいいんじゃないの?」
吾郎さん、素敵(笑)

08032mpg_20170808_013845976 東山さんのお気に入りの台湾料理は、油で揚げた揚げパンを熱い豆乳につけて食べる台湾でのソウルフード。観光で来る外国人が食べるものではなく、現地の方が日常で食べているものらしいですが、実際にスタジオで食べてみる吾郎と外山さん。美味しいらしい。う~ん、食べてみたい!

08032mpg_20170808_014347239 この作品を書くにあたり、最初に思い浮かべたシーンは、少年たちがお寺である重大な計画を実行に移すべきか神仏にお伺いを立てるシーン。(ポエ)と呼ばれる二つの赤い木片。二枚同時に投げて、裏と表に分かれたらお伺いが通ったという今でも台湾では多くの人がやっているおまじないのようなもの。

実際にスタジオに筊を用意したので、せっかくなので吾郎さんに試してもらうことに。
吾郎 「夜も深い時間なので、収録終わらせて頂いてよろしいでしょうか」
(筊を投げる)
見事に、裏と表になる。一発で出てしまい感心する東山さん。吾郎さん、もってますね(笑)!

ちょっと、これからの吾郎も筊でお伺いしてほしかったような(笑) いや、必ず裏と表になると思うけどね。
今月19日に、毎年夏の恒例番組となっている「ほんとにあった怖い話」に吾郎が進行役で出演します。「金の正解!銀の正解!」に番宣での出演も決定。関東以外では、テレビで吾郎が出演する番組が見られるのは本当に久しぶりの地域も多いと思います。楽しみなわけですが、番組への感想は忘れずに! お髭は剃ってくるのかどうなのか・・・そこも少し楽しみですね(笑)

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思い出巡りの夜散歩

ゴロウ・デラックス (2017年7月20日放送分)

ゲスト:ピエール瀧

吾郎 「外の吾郎、久々(笑)!」

おいおい、自分で自分を呼び捨てで呼ぶのって・・・可愛すぎない(笑)? 本人的には、番組名のつもりだったかもしれないけれど。
と、言うことで、今週の「ゴロデラ」は、久しぶりのロケです。吾郎の番組は、ロケは間違いない。期待できます。

今回のロケ場所は、渋谷区の初台。
吾郎 「初台はですねぇ、僕が生まれて初めて一人暮らしをした場所なので」
そうそう、木村くんと「未来予想図」を語り合ったあの鏡張りのマンションですね。番組では、この吾郎が初めて一人暮らしをしたマンションにも訪問します。これは、いままでありそうでなかった企画。素晴らしいですね、「ゴロデラ」って(笑)

第二百五十八回課題図書 『ピエール瀧の23区23時』 ピエール瀧著

Photo 趣味は夜の散歩だという著者が、東京23区全てを夜に散歩した体験記。散歩上級者(笑)の瀧さんは、19歳のとき静岡から上京して初めて住んだのが、吾郎と同じ初台。

瀧さんは、オープニングトークをするお二人の後ろの路上で座って待ちの態勢(笑) 瀧さんと吾郎の想い出の場所、初台を夜散歩することに。

初台を歩きながら、瀧さんが30年以上も前に住んでいたときは新国立劇場は東京工業試験所という国立の研究所だったらしく、まるで幽霊が出そうなぐらいヤバい感じだったらしい(笑) かなり、駅前は二人が住んでいたときと変わっている様子。珍しく、吾郎のテンションが高めで声が大きい(爆) いいですよねぇ、昔の思い出の場所をブラブラするのは。

07201mpg_20170721_233156074 あてもなく、見たもの出会ったものにふれあっていく感じがいい。道端に忽然と置かれた「開けちゃいけない箱」を瀧さんが発見。サイドの留めを足のつま先で器用に開ける吾郎(笑)(笑)(笑) ディレクターが開けろという流れになり、ディレクターさん(初めてお顔拝見した。若い男性の方なんですねぇ。いつも、素敵な番組をありがとうございます(笑))が開けてみると、その中身は「工具」。どうやら、近くの工事現場で使っているだろうと思われ、瀧さんの計らいで「イケマさん(工具に名前あり(笑)、忘れちゃイケマせんよ!」というメモを箱の中に(笑) 大人三人が集まって、子どものようにはしゃぐ姿が愛おしい(笑)

スタッフは、翌朝、ちゃんと「イケマさん」が箱を取りにきたところを撮影(笑) 
イケマさん 「(眠そうな顔で)なんか、すげぇ、イタズラされてるなぁっと」
意外と若かったイケマさん、どうもすみませんでした(笑)

その後、吾郎が19歳のときに初めて一人暮らしをしたマンションに三人で行ってみることに。途中、コインランドリーを発見するも、吾郎は利用したことがないと聞いて、驚く瀧さん。

驚愕の19歳のイナガキゴロウ
①ビルトインで乾燥機付きのドイツ製洗濯機がマンションについていたから。

瀧さん 「アイドルすごいねぇ。電気・水道止まったことないでしょ? 流しで体洗ったことないでしょ?」
吾郎 「ないです、ないです(笑) なんてたってアイドルなんで」 素敵heart

驚愕の19歳のイナガキゴロウ
② 間取りはワンルームだったけど、家賃は当時15万円ぐらいした

瀧さん・外山さん 「えっ?!」 そうなるよね(笑)(笑)(笑)

管理会社のご厚意で、特別に吾郎が住んでいたマンションの中に入れてもらうことに。まず、ホールを見て「変わってないわ~」と言う吾郎。吹き抜けのすごい造りのホールには螺旋階段。吾郎は、2階だったのでエレベーターは使わずに螺旋階段を使っていたそう。階段を上ってみる吾郎に、「少し一人にしてあげよう」という優しい瀧さん。

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部屋によって、少し内装が違うそうですが、どの部屋にも鏡があるのが特徴。「なんか、落ち着かない(笑)」という外山さんに、「ラブホテルしか思い浮かばない(笑)」という瀧さん。そして、それを認める吾郎(爆) 

吾郎にとってもうひとつ思い出がある場所が、近くにある駐車場。今は、コインパーキングになっていますが、当時はマンションの専用駐車場で吾郎はここに愛車を停めていたらしい。

驚愕の19歳のイナガキゴロウ
③ ここに初めて買ったマセラティ ザガート スパイダーを停めていた 

瀧さん 「えぇぇぇ?!嘘でしょ?!」 瀧さん、良いリアクションだ(爆)

この後、30年前に瀧さんが暮らしていた西新宿寄りの想い出の場所にも行ってみることに。当時は、都庁がある場所は空き地だったらしく、東京にこんな大きな空き地があるんだと驚いたそう。肝心の住んでいた場所は、残念ながら現在は駐車場になっていました。

瀧さん 「久しぶりに来たけど・・・(吾郎さんと)差を感じる(笑)」

いえいえ、久しぶりの昔の思い出の場所を、3人で夜散歩している様子はとても楽しそうで、ノスタルジックな気分にもなれてとても良い企画になってましたね。

吾郎 「当時の自分からするとさぁ、20年経ってさぁ、こうやって自分がやらしてもらっている番組でさぁ、仲間たちと行けるなんて思ってないじゃない」

そう嬉しそうに話す吾郎。この言葉に尽きますね。素敵な夜でした。ありがとうございます。

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山を登ることは人生を超えること

ゴロウ・デラックス (2017年7月13日放送分)

ゲスト:南谷真鈴

史上最年少の冒険家。以前、この番組には最高齢でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんがゲストに来てくださいましたが、今回は最年少で「探検家グランドスラム」を今年4月に達成した女性がスタジオに。

探検家グランドスラム
世界最高峰のエベレストを含めた7大陸最高峰を登頂し、さらに南極点・北極点を踏破する過酷な冒険。

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第二百五十七回課題図書 『自分を超え続ける~熱意と行動力があれば、叶わない夢はない~』 南谷真鈴著

Photo_2 2015年、まだ高校生のときから計画を始め、わずか2年4か月後の19歳でグランドスラムを達成。最年少で達成するという目標を持ったわけではなく、高度順応をした体を維持して次に進むほうが楽だった結果だそうですが・・・それでも、すごい体力が必要ですよね。山での空気は地上の3分の1。早い呼吸でいなければいけなくて、それは寝ているときもそうと聞いて、そんなことが人間できるのだろうか?!と。無意識で早い呼吸に慣れてくるんでしょうか。

Photo 7大陸最高峰の中で、一番テクニカルが必要だと言われているのが、オセアニア大陸のカルステンツ・ピラミッド。とにかく岩だらけの山で普通の登山方法では太刀打ちできない感じ。ほぼ垂直の岩場を登っていったり、岩山を綱渡りしたりのVTRに吾郎さん怯む(爆)

エベレストを登ったときのザックと中身や山での食事を披露してくれる真鈴さん。好きじゃなきゃ、できないですよねぇ。南極大陸にあるビンソン・マシフエベレスト登頂の予行演習だったが、せっかく南極大陸まで来ているのだからとついでに南極点も制覇したというエピソードには、頭では理解できるけどすごいなぁと(笑) 南極点に到達すれば、北極点も行けば探検家グランドスラムが達成できることになり実現に突き進んだ感じですかね。

吾郎 「どうせなら、みたいな? ハチ公も見たから、ドン・キホーテも寄っていこう、みたいな(笑)」
外山 「その感覚がすごい(笑)」
吾郎 「中目黒のドン・キホーテも行ったら、渋谷のドン・キホーテ全部行ったことになる、みたいな」

吾郎さんの喩え、笑えるけどものすごくわかりやすいです(爆)!

真鈴さんは、お父様のお仕事でマレーシア、中国、香港などで4年に一度は国を変え、2年に一度は学校を変える生活。その中で、中国にいるときは、学校での反日教育の煽りで中傷を受けたこともあり、自分のアイデンティティがわからなくなることもあったそう。そんなときに、学校の授業の一環で登った山の魅力にとりつかれる。山に登ることで、自分の心の中の山も登れる気がしたという真鈴さん。両親の離婚という家庭内の悩みもあったことから、山が自分を受け入れてくれる存在だったんでしょうね。

ここで、等身大の真鈴さんも見てみようということで、男性スタッフがご自宅訪問。
吾郎 「あのさぁ、スタッフ間違ってない? どさくさに紛れてない?」

確かに(笑) マニアックなコレクションなどもありますが(笑)、とても綺麗にされているお部屋で、スタッフからのリクエストにベッドで寝転んでみてくれたりと協力的な真鈴さん。
吾郎 「可愛らしい。可愛い、このギャップが。魅力がギュッと詰まってますよ」
真鈴 「本当におっしゃってますか?!」
外山 「思ってますよねぇ」
吾郎 「本当に言ってるよ(笑)」
真鈴 「嬉しいheart
外山 「(吾郎さん)嘘つけないですから、だいじょうぶですよ」
真鈴 「わかってますよ、射手座なんで」
吾郎 「そうそう、同じだから」

VTRの真鈴さんは、山に登っているときは別人のように等身大の二十歳の女の子だった。吾郎さん、女性の心を掴むのがやっぱり上手だよね(笑) と、言うか、同じ射手座とか、収録前にお話したんでしょうかね。吾郎さんとの初対面の会話が、「WOW! やっぱり、吾郎さんウェイビーヘアー!」だったそうだし(笑) 

真鈴さんはとても自分を持っている素敵な女性ですが、吾郎と外山さんのコメントが的を射ていながらもとても優しくて、真鈴さんが始終すごく嬉しそうな笑顔だった。外山さんの「自分ってなんだろう?って言ってたけど、自分になれた」というコメントと、吾郎の「自分になれたんだったら、今もうプロローグじゃない。これから、始まるんじゃない?」という言葉に、うんうんと嬉しそうに頷いている真鈴さんが、番組に出演して良かったと思ってくれているといいなぁ。

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孤独は寂しいものじゃない

ゴロウ・デラックス (2017年7月6日放送分)

ゲスト:家田荘子

1986年、極道の世界に生きる女性に焦点を当てた『極道の妻たち』を出版すると、何度も映画化され興行総収入70億円の大ヒットを記録。ノンフィクション作家として、その名を知らしめた。その後もエイズ患者や、女子刑務所への取材など社会に一石を投じる作品を精力的に書き続けている。

そんな家田さんとは、吾郎はTBSの吾郎の深夜番組「MFL(マイフェアレディ)」(2009年4月29日放送)で共演済み。このときのロケ覚えています。歌舞伎町のディープな場所を家田さんに案内してもらうという企画だったのですが、この頃からロケ企画はとても優秀だった。

家田さんの代表作品を順に辿ってみます。

1982年、まだ20代のときに取材記者としてスカウトされてノンフィクション作家になった家田さんですが、女優出演した映画作品をプロダクションがついていなかったので自分で売り込みに行った先のことだったらしく、何がきっかけになるかわからないもんですね。若い女性が選ぶ題材でない風俗ルポなどを書き続け、1986年に『極道の妻たち』を出版。これを書かれたのは、まだ20代前半というから吾郎も外山さんも驚きです。それも、取材期間1年8か月の間に暴力団幹部に直談判して自宅に住みこませてもらったというから、さらにびっくり。

暴力団抗争が盛んな頃で、ストレスで白髪になったり頭髪が抜けたりと大変だったようです。それでも取材をやめなかったのは、「愛した男が、たまたま極道だった」という話を聞いたときに、この言葉を世に出したいという強い想いで続けたという、とてつもない根性のある女性です。果たして、20代でそこまでできる女性は何人いるだろうか。すごいですね・・・。

1991年(30代)に、エイズ患者の女性をアメリカで取材して書いた『私を抱いてそしてキスして』が、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。日本ではまだまだエイズに対しての偏見が強く、正しい知識を日本に伝えたかったという家田さん。取材する人の心の中に入っていかなくてはいけないので一人で取材をされるそうですが、信頼関係を築くまでが大変なことは想像できます。仕事とは言え、他人に向き合って心を開いてもらうって、友達になるより難しいですよね。

1998年(40代)には、『三浦和義からの手紙~「ロス疑惑」心の検証~』を出版。この題材を書こうと思ったのは、三浦さんがどういう人なのかという疑問から。ご自分の弁護士さんを通してコンタクトを取り4年間やりとりをする。この題材は作品にはされていないということですが、出版されたのはあくまで手紙のやりとりであって取材内容を書かれたわけではないのかな? 手紙の中で、「この言葉さえなければ」という箇所があり、書けないことがあるのであれば書かないと決めたとのこと。このお話を聞いて、「言えないことがあるなら何も言わない」という信念を持つ吾郎は共感できたのではないかと思いました。

家田さんは、作家だけでなく僧侶でもあります。「得度」のあと、「修行」をして「伝法灌頂(でんぽうかんちょう)」という儀式を受けて僧侶資格を得たのが2007年。僧侶になっても、ノンフィクションの目の付けるところは変わっていないそう。

第二百五十六回課題図書 『孤独という名の生き方~ひとりの時間 ひとりの喜び~』 家田荘子著

Photo 孤独とうまく付き合えない現代人に対し、孤独との向き合い方を指南する一冊。
「孤独」というのは社会生活を拒否しているわけでもないし、人と一緒に過ごすことから離れているわけでもない。社会生活をちゃんとしているからこそ、自分の時間を大切にできるということ。

孤独に着目したのは、現在65歳になって一週間誰とも喋らないという環境の人が増えている。自分が何をしたいか、自分を見つめて考えて一歩前に出なければいけないと伝えたくて書かれたようです。昨今のSNSにも注目されていて、周りと浅くでも繋がっていないと不安になり無理して繋がろうとしている人もいると。

吾郎がネットを見ないようにしているけど、誹謗中傷が多いというのは認識しているからSNSはうまく活用しないといけないですよねという言葉に全面同意です。

吾郎の「孤独」に関する呟き
「朝ご飯とか、ちょっとひとり寂しくない? 朝って、食卓家族でしてたイメージが強いから」
「近所の公園散歩するときぐらいは、ちょっと話し相手がいてもいいかなぁってたまに思う」
さらに・・・
吾郎 「たとえカップルであっても、僕の場合、散歩はできないんですよ。お忍び旅行とかお忍びレストランとかはあってもお忍び散歩ってないじゃん」
家田 「お忍び旅行、行かれるんですか(笑)?」
吾郎 「お忍び旅行は(笑)・・・最近は行ってないですけどね。以前はもちろん行ったことはありますけども(笑)」
家田 「どういう所、行かれるんですか(笑)?」
吾郎 「お忍び旅行・・・取材うまいですね(笑)」

家田さんのうまい誘導に、もう少しで場所まで言いそうになった吾郎(笑) いや、これを言っちゃうと私の中で何かが結びつく(爆) いえ、なんでもありません(笑)(笑)(笑)

今回は、作品が取り上げているテーマは重いけど、とてもわかりやすく番組として伝えられていて、ゲストと明るくトークが進むのは相変わらず優秀。その中で、吾郎がとても真剣な表情を何度か見せていたのがとても印象的でした。吾郎の番組への取り組み方がとても好きです。今回も、拍手ものでしたね。

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