吾郎さんへ贈る『京都に輝くお花企画』

Photo_2 吾郎さんが新しい地図として前に進みだして、初めての舞台『FREE TIME,SHOW TIME「君の輝く夜に」』がまもなく京都にやってきます。
どんなときも、前を見てやるべきことを楽しんでしまえる吾郎さんの舞台が見ることができる。
吾郎ファンの私たちは、本当に幸せ者だ(笑)

と、いうことで、恒例のお花企画を実施致します。
題して・・・

tulip京都に輝くお花企画tulip

aquaさんとサイト-さんがお忙しい中で主催者のPARCO STAGEさんに何度も問い合わせをして頂き、恒例のお花企画を立ち上げさせて頂けることになりました。
HPの掲示板『ANGEL BBS』内にて、お花企画の新しいトピックを立ち上げました。
詳細は、こちらをご覧ください。
(このブログ記事ではご質問等は受け付けておりませんので、詳細が記述されている掲示板にてお願い致します)

2016年に公演された、吾郎さんのミュージカル『恋と音楽FINAL』にて贈らせて頂いた初日の参加人数の薔薇の画像。

Photo

参加のお申込みは、7月20日(金)までとさせて頂きます。

いつもご参加してくださる方、初めてご参加しようと思ってくださる方、吾郎さんの舞台に一緒にお花を贈りたいと思っている方はどなたでもお気軽にご参加ください。


chateau de l'ange
kazuyo(管理人)

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雨あがりのステップ

たいしたことではないですが・・・ここで少し私からお知らせを。

2004年の12月から始めたこのブログ『天使の呟き』を、休止させて頂きます。
理由はいろいろあるのですが、まず昨今SNSの普及でブログでのレポを書き続けるモチベーションが自分の中であがらないこと。
そして、日本に帰国してから趣味が広がったり、勉強したいことができたりとブログの更新にかける時間がなかなか作れなくなってきたこと。

休止する理由として、吾郎さんへの愛がなくなったということは一切なく、ただ単に環境の変化です。
(逆に、新しいスタートをきった後のほうが応援していこうという気持ちは大きくなりました)
ブログがレポ中心になって自分の言いたいことを書けなくなり始めたのが数年前。
何度もブログをやめようとは思ったのですが、吾郎さんを応援するという自分の意志に反するという思いから続けていました。
でも、やはり筆が乗らない・・・自分の中で納得できないんですね。

今年になって、吾郎さんの役者の仕事はめまぐるしく、それはちゃんと形に残しておきたいので感想はブログにUPすると思いますし、何か書きたいことがあればサラリと更新するとは思います(笑)

ブログは休止状態になるとは思いますが、サイト『chateau de l'ange』のほうはしっかり運営しますし、恒例の企画も続けさせて頂きます。
時間があるときに、HPはもっとちゃんとしたものにしていこうと思うのでそのときはまたご報告させて頂きます。

もう一度言いますが、吾郎さんのファンをやめたわけでも、他にもっと好きな人ができたわけでもないです。
(確かに、応援している人はいろいろいますが(笑))
14年もの間、勝手気ままに書いていたこのブログを訪問して読んでくださった方全員に感謝を。
舞台やコンサート(希望)などの会場では、変わらずお会いできると思うので今後とも末永くよろしくお願い致します。

長い間のご愛顧ありがとうございました。

Rose_rain

kazuyo

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パイロットとしてのプライド

ゴロウ・デラックス (2018年6月7日放送分)

ゲスト:鴻上尚史

1944年、太平洋戦争末期。「特攻隊」・・・爆弾を積んだ戦闘機で敵艦に体当たりをした「特別攻撃隊」。「十死零生」と言われた自爆攻撃。戦死者はおよそ4000人。

そんな過酷な状況の中、9回出撃し、9回生還した奇跡の特攻隊員がいた。そして、その方は2年前まで生きていた。

第300回課題図書 『不死身の特攻兵 ~軍神はなぜ上官に反抗したのか~』  鴻上尚史著

Photo 奇跡の特攻隊員の生涯。彼が亡くなる2ヶ月前のインタビューを掲載した一冊。この本は、16万部を超える大ヒットを記録。

人気劇作家である鴻上さんが、なぜ特攻隊の本を書こうと思ったのか?
昔からあった戦争もののドラマや映画を観て育ってきた鴻上さんは、特攻隊についても興味があった。たまたま、一冊の本の中でまだご存命である特攻隊員がいるという記述を見かけ、テレビ局を通して実際にお会いする機会を与えられお話を聞くことに。

佐々木友治さん(当時21歳)は、陸軍航空隊初の特攻隊「万朶隊(ばんだたい)」の唯一の生存者。佐々木さんは北海道出身で、夢はパイロットになって空を飛ぶこと。北斗機甲師団に入団後は、優秀なパイロットだった。

ある日、恐ろしい戦闘機が現れる。
九九双軽」の先端に三本の槍のようなものが取り付けられ、通常500キロしか搭載できない機体に800キロの爆弾を搭載した改造機。体当たりをするしか攻撃方法がない「死の戦闘機」。

Photo_2

万朶隊の隊長である岩本益臣大尉が、上層部には言わないで現場の整備兵たちに爆弾を落とせるよう指示。その改造された戦闘機に乗って生還したのが佐々木さん。佐々木さんの父は、日露戦争で白襷隊の一員で生還。息子に「死ぬと思うな」と伝えていた父の言葉が心にあったという。そして、一流パイロットとしてのプライド。戦争で命を落とすのは仕方ない。しかし、死ねという命令に従うのはおかしい。佐々木さんの胸の内にあった、一人の人間としての考えは当然の権利だと思う。

一度目の突撃から生還しても、戦死とされ「軍神」扱い。二度目は、「死んで来い」と上官に言われる。地元では戦死とされていたので、すでに佐々木さんのお葬式が執り行われる。その後も何度も生還してくる佐々木さんに、上官の圧力は続く。

吾郎 「もうこれすごいよ・・・怖いよ。ねぇ、山田くん、逃げちゃうよね」
親太朗 「ダメ、もう怖いね(汗)」

親太朗くん、癒しだわ(笑)

終戦を迎えて地元に戻るも、盛大な自身のお葬式を二度も行われた場所に戻るのは辛かったと後に語る佐々木さん。国のために戦った人が生きて帰ってこれたことに肩身の狭い思いをする。戦争ってなんなんだろう。

佐々木さんが9度の出撃で生還できた理由。
九九双軽はとても良い飛行機なのに、それに乗って自爆したくなかったという飛行機に対する想い。一度の搭乗で大好きな飛行機を壊したくない。きっと、佐々木さんと同じようにパイロットとして飛行機に対する愛情を持っていた方もいただろう。それでも、上官に背けなくて特攻で命を落とした方がたくさんいたのだと思うと本当にやるせない想いです。

最後の鴻上さんのお言葉。
軍隊ってブラック企業だと思うんですよ。そんな組織に対して、これだけ戦った人がいたと思うだけで勇気が湧くじゃないですか。その一番の原動力が空を飛ぶのが好きだったというのが、組織への武器になり得たんだってことですね

この言葉を噛みしめて聞いていた吾郎さん。そう・・・彼も理不尽な芸能界で戦っているんですよね。それは、佐々木さんと同じくただただ仕事が好きなだけ。私には、吾郎が佐々木さんと同じく強い人に思えます。まさしく、勇気をもらえますね。


お知らせ
吾郎さんの舞台のチケットが発売になりました。まだ、一般発売前ですがいつものように掲示板を設置しました。掲示板で問題があるようでしたら考えますが、チケットが高額で転売されるのは、新しくスタートした吾郎さんの舞台で起こってほしくないという一心で設置しましたので、利用される方は必ずマナーを守ってくださるようお願い申し上げます。

掲示板はこちら。(ブログのサイドバーにも設置しております)

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やりたいことを貫く

ゴロウ・デラックス (2018年5月24日放送分)

ゲスト:太田哲雄

アマゾンは、南アメリカ大陸のおよそ30%を占める世界最大の熱帯雨林。そして、今、世界で最先端の美食の地。昨年の世界ベストレストラン50の中で、アマゾンが広がる中南米ペルーのレストランが5位と8位にランクイン。そんなアマゾンには、500万を超える多種多様の生物が存在する。魚は4500種類以上、果物は3000種類以上の「食材の宝庫」。

第298回課題図書 『アマゾンの料理人』  太田哲雄著

Photo 高校卒業後、料理人を目指し数々の星付きレストランで修行。そして行き着いたのがアマゾン。いままで出会わなかった食生活と食材の数々が、料理人の人生を変えてしまう。一流レストランを渡り歩いた著者が、何故アマゾンに魅せられたのか。

著者の太田さんは、イタリアはミラノの一つ星レストランや世界ベストレストラン一位の店でシェフとして働いたあと、ミラノの富豪のプライベートシェフをしていたという輝かしい経歴。

【価値観を変えたアマゾン料理】
・ マタマタの煮込み (アマゾンに生息する亀)
・ アマゾンのハチミツ - 水のようにサラサラ
・ カピバラのスープ

メニューだけ聞くと、少しグロテスク(汗) でも、どれも臭みもなくあっさりしているらしい。

アマゾンの人たちは、必要最低限の分だけ狩りをする。鉄砲の力でねじ伏せて捕まえるのではなく、弓矢を用いて食の大切さを大事にする。最先端の一流レストランでは、クリエイティブな料理を出すことで廃棄する食材の量がすさまじく、それを見ていて違和感を感じていた太田さん。アマゾンへ魅了されたのは、そういう経緯があったんですね。食の発展のためには、クリエイティブな料理も必要であり、要はバランスだというお話には納得させられました。

スタジオで、太田さんにアマゾン料理を教わって実際に作ってみる吾郎と外山さん。なんか、ちゃんとセットが作られていてエプロンまでして番組のワンコーナーのよう(笑) 吾郎さん、可愛いheart

教わる料理は、ペルーの伝統料理『セビーチェ』という魚介類のマリネと、鶏と唐辛子のペルー風シチュー。大雑把な感じかと思えば、盛り付けはさすが元一流レストランのシェフ。センスがあります。そして、料理は本当に美味しそう。食べてみたい。

太田さんは、今後ペルー料理を日本で伝えていきたいとのこと。そのうち、日本でペルー料理のレストランが増えていくといいですね。


ゴロウ・デラックス (2018年5月31日放送分)

ゲスト:春風亭一之輔

落語には、本番の前のフリートークのことを『まくら』という。
今回は、春風亭一之輔さんの『まくら』を「ゴロデラ」のスタジオのオープニングで拝聴することに。
一之輔さんの奥様が、「吾郎さんに恥をかかせるな」と送り出してくれたお話でした(笑)

第299回課題図書 『いちのすけのまくら』  春風亭一之輔著

Photo_2 古典落語に現代風のアレンジを加え、見るものを一気に引き込む話芸。2012年には、34歳で異例の21人抜きで真打昇進。落語の実力もさることながら、「まくら」のうまい魅力を兼ね備えている。旬な話題や、日常をテーマにした「まくら」だけが綴られている一冊。 

実際に「まくら」を話されている映像が流れますが、これは落語を苦手と思っている人も普通に楽しめますね。

一之輔さんは、普段電車に乗ったときに変な行動をしている人がいたらメモを取ったりして「まくら」の題材に取り入れているそう。

落語との出会いは、学生の頃に浅草演芸ホールの寄席にふらっと立ち寄ったのがきっかけ。自分だけ見つけた大人の空間にワクワクし、寄席に出てみたい!と思ったそうですが、自分が好きなものに出会うときってこういうなんでもない日常からなのかもしれない。

多忙を極める一之輔さんの一日に、番組が密着したらしく・・・
一之輔 「ほんと迷惑(笑)」

笑いました(笑)

一之輔さんは、寄席の舞台に立つ前に必ずお客さんの入り具合や年齢層などを袖からチェックされるらしい。
吾郎 「僕もよく見ます

はい?! 今度から席に座ったときから顔作らないとだわ(笑)(笑)(笑)

寄席に来られているお客さんの様子で、ネタを決めるというのは、観に来ているお客さんにまた来たいといかに思ってもらえるかにも繋がっているんですね。落語をやるだけでなく、瞬時にその場の空気を読む能力が備わっているのも一之輔さんの人気の秘密かもしれない。

ワンマン落語ではなく寄席の場合、全員がトリの人に繋げるようにする。自分だけが笑いをとってもいけない。箸休めの役割を敢えて選ぶときもある。寄席はひっくるめてひとつの舞台。う~ん、奥が深い。落語の楽しさが見えた気がしました。

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役者人生の転機

ゴロウ・デラックス (2018年5月17日放送分)

ゲスト:梶芽衣子

オープニングトーク
外山 「今夜は芸歴54年の女優さんがゲストでいらっしゃいます」
吾郎 「はぁい」
外山 「座右の銘、『媚びない めげない くじけない』」
吾郎 「まったく僕にないですよね(笑) まぁ、立ち直りも早いですけどね」

吾郎本人が気づいているのかわからないですが、実は吾郎はとても強い人だといつも思ってます。

第297回課題図書 『真実』  梶芽衣子著

Photo 映画のような激動の71年間の人生を綴った一冊。

10代の頃にモデルでデビューした梶さんは、自らお芝居がしたいと思ったわけではなくスカウトされて芸能界入り。17歳で映画に初出演した際には、周りから「できない分からないは言うな」と言われ、とにかく見よう見真似で役者の仕事を始める。

デビュー7年目には、婚約者との別れを決意。映画『女囚さそり』が大ヒットとなりスケジュールがいっぱいになり、結婚したら仕事を辞めるというのが婚約者との条件だったため別れることに。別れる際に婚約者に言われたことは、「誰とも結婚するな」「死ぬまで仕事を辞めるな」だったそうですが、仕事を辞めるなはいいとして結婚するなは横暴すぎるでしょ。なんで別れる相手にこんなこと言われなきゃならないのよ(笑)

クールなヒロイン役を演じることが多かった梶さんは、35歳のときの3か月間NY留学が俳優人生の大きな転機となった。NYブロードウェイの役者さんたちはオーディションで役を取り、ひとつの公演が終わると別のオーディションがあるときまでバイト生活。そんな本場の舞台役者の日々の生活を目の当たりにして、人生観も俳優としての心構えもすべて変わったそう。吾郎にも少しの間海外留学を経験してほしいと思うのは、やはり世界を見てきてほしいと思うから。今なら、個人のお仕事の合間にできるんじゃないかなぁ。

以降、梶さんはクールビューティな主演だけでなく、いろんなキャラクターの脇でも積極的に仕事を受けるようになる。吾郎自身も、主演にこだわらずに面白いと思う役は受けてきたけど、結果「やらなきゃよかったなぁ」と思ったことは一度もないと断言。その話を聞いた梶さんが、2010年の映画『十三人の刺客』での吾郎を大絶賛! とてもありがたい言葉を受けて、それでも三池監督がすごかったと自分よりも監督や周りの共演者の良さを話す吾郎の男前のこと(笑)

三池監督からオファーを受けたときは、自分は十三人の一人の役だと思っていたし、明石藩の残酷な殿を演じることになっても深く考えず楽しく演じさせてもらったと話す吾郎。トップアイドルが最後、首を切られるなんて昔は考えられなかったと言う梶さんは、吾郎の殿はとても怖かった、一番光っていたと話してくれました。本当に多くの方が、この役を演じる吾郎を褒めてくださったんですよねぇ。吾郎も言っていたけど、ここが吾郎の役者としてのひとつの良い転機だったと思う。

梶さんは、28年間続いたドラマ『鬼平犯科帳』の「おまさ」を自ら志願してドラマに出演させて頂いていてとても思い入れのあった役だったので、最後の収録が終わった打ち上げでは涙が止まらなかったそうです。役者として、そんな役に出会えるって幸せですよね。

最近は、誘われてロックを歌うようになった梶さん。ステージに立つと観客から元気をもらえると。それは吾郎も同じだと大きく同意。
梶 「吾郎さん、お歌はやめてないんでしょ?」
吾郎 「もちろん、もちろん」
梶 「もう、絶対続けてね!

私たちファンからも、「吾郎さん、役者だけでなく歌も続けてね。そしてライブでファンの前に出てきてください!」とお願いしたいです。

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