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今、ファンに伝えたいこと

今朝の『めざましテレビ』で、吾郎が軽部さんのインタビューにこたえる形でVTR出演してくれました。
明日の『ほんとうにあった怖い話』の番宣を兼ねて、吾郎が今ファンに伝えたいことを真摯に語ってくれた。
フジテレビには感謝したいと思います。

稲垣吾郎 特別インタビュー

軽部さんと対面で二人だけで、広いスタジオでするインタビュー。
少し緊張感が漂う中でスタート。
久しぶりの「めざまし」出演という流れで、「生(放送)なのに、かんじゃった以来かなぁと」と軽いジャブでスタジオに笑いが。
いっきに空気を和やかなものに変える吾郎の手腕は、相変わらずすごいです。

1999年に始まった『ほん怖』。初回はオムニバスとして再現VTRだけが流れる形で、そこに吾郎は演じる側として出演しました。
白昼のベル」・・・ものすごく怖かった。ラストシーンは夢に見そうなほど(苦笑)

初回放送から17年。いまや、『ほん怖』は夏の風物詩と言っていいほどの番組です。
2004年にレギュラー番組として放送開始。子どもたちの「ほん怖クラブ」の館長としてナビゲーターをする吾郎。レギュラー番組のときは、VTRを見て心霊研究家の先生をお呼びしてお話を聞いたり、心霊写真の鑑定などとてもよくできている番組でした。
アジアン・テレビジョン・アワード2004」(アジアのエミー賞と呼ばれるほどのアジア最大の国際テレビコンクール)のドキュメンタリー・ドラマ部門で、この番組が最優秀賞を受賞しました。

インタビューで、軽部さんから「忘れらないエピソードは?」と聞かれて、収録中に不思議な現象が起こった話を始めると・・・その話を止めて、スタジオのライトを暗くするようスタッフに伝える軽部さん。
軽部 「これで、話しやすくなったと思うんですよ」
吾郎 「・・・いや、逆に話の腰を折られた感じ」
ぽか~んとした顔の吾郎さん、しっかりナイスなコメント(笑)

吾郎の現状についてもお話を聞いてみる軽部さん。
ここから、しっかり吾郎がファンに伝えたいことを語ってくれます。まっすぐな瞳で、軽部さんに話しながらその先にいる私たちファンに向けて本音を語り出す吾郎。とても感動した。

昨年末とこの秋にくる節目について

吾郎 「見ている方とか、世の中的にはすごい変化だと思うので、「何も変わらないよ」って澄ました顔をして言ってはいけないことだとは思うんですけれども。ただ、もちろん今ある現実は現実なので、それを受け止めながらもちろん前向きに。仕事欲は、でも尽きることはないので。やっぱり、役者の仕事は大好きなので、まぁ、ずっとやってきていることですし。役者の仕事って、その人の本当にドキュメンタリーみたいな感じじゃないですか。ちゃんと、内面がしかも出る仕事なんで。その人の魅力というか、人となりというか。やっぱり、いい人間になっていかないと、いい仕事もできないですし(笑) 自分をずっと磨きながら、いい俳優になっていくことができればいいなと思っていますけどね。漠然とした言い方ですけど」

まずは、やっぱり吾郎は俳優としてやっていきたいんだなと。そして、自分磨きをしてゆっくりでいいからいい役者になっていきたいという意気込みが感じられる。それは、個人的に吾郎に向かっていってほしい道なので、吾郎の口から聞けて嬉しかった。

稲垣吾郎さんのファンは心配するのでは?

吾郎 「もちろん、それは一番感じていることなので。でも、心配をかけるというのは非常に申し訳ないことなので、やっぱり心苦しいですけど。でも、これはもう・・・自分で決めたことですし。その現実というものは、受け止めてもらわないといけないなと思いますし。でも、その心配にこたえられるように・・・皆さんの中でなにか欠けてしまっているものとか、ロスしているというか、それをまた満たしていかなきゃいけないなとは、もちろん思いますし。こうやって本音を語らせてもらうことによって、そういうのが伝わってもらえればいいかなとは思いますけれども」

ファンへの感謝と想いが、このメッセージにたくさん詰まっていた。吾郎らしいなぁと思い、改めて稲垣吾郎という人に惚れてしまう。言葉を瞬時に選んで話しているので、ときたまとぎれることもあったけど、それはどう言えば伝わるか考えているのであって、虚偽の言葉を探しているわけではないと思う。

吾郎 「このタイミングで、本当に軽部さんにインタビューして頂けることがすごくありがたいなと思いましたし、僕も言いたいことが言えたというか嬉しいですね」

吾郎は、昔から「聞かれればちゃんと話す」と断言しています。そして、絶対に嘘は言わない。大事なことで自分の思っていることが言えないときは、何も言わない。におわせもしない。そういう人です。「現実は現実として受け止めてほしい」という言葉は、冷たく聞こえる人もいるかもしれない。でも、吾郎はしっかり自分の気持ちを伝えたかったんだと思う。そして、それはファンが吾郎から信頼されていると感じる。今後の自分を見ていってほしいという気持ちが強く吾郎の綺麗な瞳に宿っていた。

SMAP再結成を望んでいるファンは多いと思います。その想いはその人のものだからそれは持ち続けてもいいと思う。でも、もう事務所が彼らを解散しますと言わせ、独立を強制したという考えではなく自分たちの意思を受け止めてほしいんじゃないかと吾郎の言葉で感じた。それは、他のメンバーも全員そうだと思う。個人的には、もう解散発表の吾郎の言葉で、すべて受け止めて前に一緒に進んでます。

もう、誰も悪く言いたくないし、ただただ今後の吾郎を応援していきたい。その応援は、いままで以上に!と固く決意した2017年の夏sun

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祝!秋以降も放送続行決定!

ゴロウ・デラックス (2017年7月27日放送分)

追悼 日野原重明さん

オープニングでまず深々と頭を下げる吾郎と外山さん。2017年7月18日に105歳でお亡くなりになった聖路加国際病院の名誉院長である日野原さんの特別追悼番組の放送となりました。2015年にこの番組に出演してくださったVTRと未公開映像を含め、日野原さんを偲ぶ内容でした。

2015年10月22日にご出演されたときのレポはこちらになります。  

生涯、新しいことにチャレンジし続けた日野原先生。日本の医療界に革命を起こし、『よど号ハイジャック事件』と『地下鉄サリン事件』に関わった日野原先生は、「命を与えられたから、これからは自分は誰かのために尽くそう」と思えたのが収穫だったと言われていました。

第二百五十九回課題図書 『生き方上手』 日野原重明著

Photo他人のために役に立てたということは、つまり自分という存在が生かされたということであり、生きている実感をこれほど強く感じられる瞬間はありません

冒頭から最後まで、特にとってつけた映像はありませんでした。以前、ご出演してくださった放送内容で充分に日野原先生の良いところと、日野原先生が言わんとしていることが伝わってきた。それだけ、毎回、丁寧に作られている番組なんですよね。改めて見直してみて、吾郎も外山さんもご高齢の方に対しての対応が尊敬の意を持って接しているのがとてもよくわかりました。


ゴロウ・デラックス (2017年8月3日放送分)

ゲスト:東山彰良

2015年、『』で直木賞を受賞されたときに、この番組ご出演された東山さん。今回で、二度目のご出演となります。

オープニングトーク
吾郎 「あのときは、この方のお話はあまり聞けなかったという・・・三人でいらしたんですよね。又吉さんと羽田さんと。二人とも、ちょっとアクが濃かったんで」
確かに(笑)

東山さんは、羽田さんとは昨年に『罪の終わり』で中央公論文芸賞の授賞式でお会いしたそう。東山さんの息子さんお二人は、羽田さんの作品は面白いと言うそうですが、父親である東山さんの作品は読んでくれないのだとか(笑) 

直木賞を受賞した『』の発想は、自身のルーツから。両親は中国大陸出身だが、戦争で負けて台湾に移った世代。東山さんご自身は台湾生まれ。お父様が『流』の主人公のモデル。この作品を書くにあたり、出身地である中国の山東省に出向き、祖父のご兄弟からお話を聞いて作品に反映されたのだとか。ペンネームの東山は、出身地である「山東省」を逆にしたというエピソード。そういう話も、前回聞けなかったですもんね(笑) 

東山さんは台湾に生まれ、5歳のときにご両親が留学中だった広島へ渡り、その後一旦台湾に戻るも、9歳のときに一家で福岡へ移住。日本語は5歳のときに保育園で自然に覚えたそうですが、子どもの吸収力ってすごいですよね。

第二百六十回課題図書 『僕が殺した人と僕を殺した人』 東山彰良著

Photo_2 1984年の台湾で、友情を育む13歳の少年たち。しかし、30年後、彼らの一人が全米を震撼させた連続殺人鬼として逮捕される。いったい、誰がなぜ殺人鬼になってしまったのか。その謎をめぐる青春ミステリー。

もう、この概要だけで読みたくなりましたが(笑)、さらに詳しくお話を聞いていきます。吾郎と外山さんが、読んでいて景色や風景、さらには匂いや湿度も感じられるとコメントしていて、それが東山さんの作品の特徴なのかなぁと。

昨今、台湾は旅行先として日本でとても人気があります。(吾郎のグラビア記事が掲載された最近の『家庭画報』も台湾特集でしたね) 物語の中には、観光だけではけっして知ることができないリアルな台湾の文化や情景も描かれている。東山さんが取材で撮影されたプライベート写真を見ながら、そんな台湾のことをいろいろと教えてもらうことに。

08032mpg_20170808_012450408 物語の舞台は、東山さんご自身の故郷でもある台北の廣州街。登場人物の家が牛肉麺(ニュウロウメン)屋ということで牛肉麺の話から。八角などが入った五香という粉と醤油で作られた麺料理だそうですが、吾郎が食いついた(笑)
外山 「吾郎さん、そういうの好きそう(笑)」
吾郎 「だって、薬膳、体にいいじゃん!汗かきたいんだよ。デトックスしたいの」

えぇ、えぇ、思い切りデトックスして新しく生まれ変わった稲垣吾郎を早くファンに見せてください(笑)

廣州街は外省人(戦後、中国大陸から渡ってきた中国語を話す人々)が多く住む外省人エリア。対象に戦前から台湾に住んでいる人々が暮らす街は台湾人エリアとしっかり分かれていたようです。

08032mpg_20170808_013416820 物語の中では、少年たちが仲直りの証として食べた猪脚麵線(ディカミスア)。悪いことがあったら、これを食べて厄を落とすと言われている食べ物。麺線に豚足がのっている麺料理ですが、中国語での猪は「豚」なんだそう。
吾郎 「これも、コラーゲンたっぷりでいいんじゃないの?」
吾郎さん、素敵(笑)

08032mpg_20170808_013845976 東山さんのお気に入りの台湾料理は、油で揚げた揚げパンを熱い豆乳につけて食べる台湾でのソウルフード。観光で来る外国人が食べるものではなく、現地の方が日常で食べているものらしいですが、実際にスタジオで食べてみる吾郎と外山さん。美味しいらしい。う~ん、食べてみたい!

08032mpg_20170808_014347239 この作品を書くにあたり、最初に思い浮かべたシーンは、少年たちがお寺である重大な計画を実行に移すべきか神仏にお伺いを立てるシーン。(ポエ)と呼ばれる二つの赤い木片。二枚同時に投げて、裏と表に分かれたらお伺いが通ったという今でも台湾では多くの人がやっているおまじないのようなもの。

実際にスタジオに筊を用意したので、せっかくなので吾郎さんに試してもらうことに。
吾郎 「夜も深い時間なので、収録終わらせて頂いてよろしいでしょうか」
(筊を投げる)
見事に、裏と表になる。一発で出てしまい感心する東山さん。吾郎さん、もってますね(笑)!

ちょっと、これからの吾郎も筊でお伺いしてほしかったような(笑) いや、必ず裏と表になると思うけどね。
今月19日に、毎年夏の恒例番組となっている「ほんとにあった怖い話」に吾郎が進行役で出演します。「金の正解!銀の正解!」に番宣での出演も決定。関東以外では、テレビで吾郎が出演する番組が見られるのは本当に久しぶりの地域も多いと思います。楽しみなわけですが、番組への感想は忘れずに! お髭は剃ってくるのかどうなのか・・・そこも少し楽しみですね(笑)

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