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パイロットとしてのプライド

ゴロウ・デラックス (2018年6月7日放送分)

ゲスト:鴻上尚史

1944年、太平洋戦争末期。「特攻隊」・・・爆弾を積んだ戦闘機で敵艦に体当たりをした「特別攻撃隊」。「十死零生」と言われた自爆攻撃。戦死者はおよそ4000人。

そんな過酷な状況の中、9回出撃し、9回生還した奇跡の特攻隊員がいた。そして、その方は2年前まで生きていた。

第300回課題図書 『不死身の特攻兵 ~軍神はなぜ上官に反抗したのか~』  鴻上尚史著

Photo 奇跡の特攻隊員の生涯。彼が亡くなる2ヶ月前のインタビューを掲載した一冊。この本は、16万部を超える大ヒットを記録。

人気劇作家である鴻上さんが、なぜ特攻隊の本を書こうと思ったのか?
昔からあった戦争もののドラマや映画を観て育ってきた鴻上さんは、特攻隊についても興味があった。たまたま、一冊の本の中でまだご存命である特攻隊員がいるという記述を見かけ、テレビ局を通して実際にお会いする機会を与えられお話を聞くことに。

佐々木友治さん(当時21歳)は、陸軍航空隊初の特攻隊「万朶隊(ばんだたい)」の唯一の生存者。佐々木さんは北海道出身で、夢はパイロットになって空を飛ぶこと。北斗機甲師団に入団後は、優秀なパイロットだった。

ある日、恐ろしい戦闘機が現れる。
九九双軽」の先端に三本の槍のようなものが取り付けられ、通常500キロしか搭載できない機体に800キロの爆弾を搭載した改造機。体当たりをするしか攻撃方法がない「死の戦闘機」。

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万朶隊の隊長である岩本益臣大尉が、上層部には言わないで現場の整備兵たちに爆弾を落とせるよう指示。その改造された戦闘機に乗って生還したのが佐々木さん。佐々木さんの父は、日露戦争で白襷隊の一員で生還。息子に「死ぬと思うな」と伝えていた父の言葉が心にあったという。そして、一流パイロットとしてのプライド。戦争で命を落とすのは仕方ない。しかし、死ねという命令に従うのはおかしい。佐々木さんの胸の内にあった、一人の人間としての考えは当然の権利だと思う。

一度目の突撃から生還しても、戦死とされ「軍神」扱い。二度目は、「死んで来い」と上官に言われる。地元では戦死とされていたので、すでに佐々木さんのお葬式が執り行われる。その後も何度も生還してくる佐々木さんに、上官の圧力は続く。

吾郎 「もうこれすごいよ・・・怖いよ。ねぇ、山田くん、逃げちゃうよね」
親太朗 「ダメ、もう怖いね(汗)」

親太朗くん、癒しだわ(笑)

終戦を迎えて地元に戻るも、盛大な自身のお葬式を二度も行われた場所に戻るのは辛かったと後に語る佐々木さん。国のために戦った人が生きて帰ってこれたことに肩身の狭い思いをする。戦争ってなんなんだろう。

佐々木さんが9度の出撃で生還できた理由。
九九双軽はとても良い飛行機なのに、それに乗って自爆したくなかったという飛行機に対する想い。一度の搭乗で大好きな飛行機を壊したくない。きっと、佐々木さんと同じようにパイロットとして飛行機に対する愛情を持っていた方もいただろう。それでも、上官に背けなくて特攻で命を落とした方がたくさんいたのだと思うと本当にやるせない想いです。

最後の鴻上さんのお言葉。
軍隊ってブラック企業だと思うんですよ。そんな組織に対して、これだけ戦った人がいたと思うだけで勇気が湧くじゃないですか。その一番の原動力が空を飛ぶのが好きだったというのが、組織への武器になり得たんだってことですね

この言葉を噛みしめて聞いていた吾郎さん。そう・・・彼も理不尽な芸能界で戦っているんですよね。それは、佐々木さんと同じくただただ仕事が好きなだけ。私には、吾郎が佐々木さんと同じく強い人に思えます。まさしく、勇気をもらえますね。


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